×
  • 音楽がラトビアと日本のかけ橋

    [From August Issue 2015] Dace PENKE Wife of the Ambassador of the Republic of Latvia Located in Northern Europe, the Baltic state of Latvia gained…

    Read More
  • 祖母のレシピで多くの人を幸せに

    [From August Issue 2015] YOKOYAMA Adina Last summer Romanian-born YOKOYAMA Adina changed her job description from “Eastern European Cuisine researcher” to “Genuine Cuisine Researcher.” This…

    Read More
  • 日本には「武士道」、アルバニアには「べサ」がある

    [:ja][2015年7月号掲載記事] アルバニア共和国在日大使夫人 レコ・ディダさん 日本に住んで今年で5年目です。以前にも来日したことがありますので、生活には何の問題もありません。日常生活や文化、食べ物、交通、さらには言葉や自分の仕事まで日本のすべてを楽しんでいます。日本に来ると、すべての外国人が文化の違いにまず戸惑います。異文化を理解する近道は文化行事に参加して、それらの違いに慣れることです。 日本はハイテクと伝統の国です。伝統以外で、日常生活のいたるところで気づかされるのは、清潔さときちんとしていることです。着物や日本の伝統料理の優雅さ、様式にも感動しました。建物に関しても同じことが言えます。日本は世界の地震多発地帯の一つですが、日本人はすばらしい高層ビルを建てる方法を見出しました。 私が来日した頃は、七夕と盆踊りの時期でした。すぐに魅せられ、日本の伝統についてもっと知りたいと思い、日本語を通じて学ぶ決意をしました。 私は青森の「みこし祭」「ねぶた祭」や京都の「狐の嫁入り」などを通して、日本人社会が持つバイタリティーと地域の絆、また日本人の歴史観や古代からの伝統について学びました。狐の嫁入りのとき感じた神道的な気持ちが今も私の心に残っています。 日本での最悪の経験は2011年3月11日に起きた東日本大震災です。小さなコミュニティーの大使館ですが、仙台(宮城県)の友人をはじめ他の被災地の人々を支援するために留まる必要がありました。そのため、私の課題だった本を出版する決意をしました。それは、私が10年間かけて2012年の始めに完成させた、アルバニア初の日本語-アルバニア語辞書です。 ねぶた祭にて 初めて日本へ来たときは仙台に住んでいました。日本について私が最も感動したことは、日本人の親切な心とおもてなしの心でした。日本に住みなれてさらに日本の素晴らしさに気がつきました。私はそれが、日本人が熱心に働くことと国を愛する気持ちからきていることを知りました。日本人が働くときに見せる勤勉さと時間厳守なところは、私の国にも取り入れたいですね。 アルバニアの魅力の一つは、昔のままの自然です。国土の70%は山でおおわれています。アドリア海とイオニア海に面した海岸線や、北部に位置する美しいアルプス、豊かな森や川、草原などのバラエティーに富んだ景観があります。 アルバニアの観光名所ベスト3への訪問を勧めます。これらの都市はユネスコ世界遺産になっています。ジロカストラは「石の街」としても知られ、べラティは「千の窓の街」として知られています。これらの都市には今でも人々が住んでいます。3つめは、ブトリントの遺跡です。ローマ帝国時代に栄えていた都市です。 食べ物に関しては、海岸地方で出される塩とレモンソースで味付けされた焼魚や、内陸の子羊の唐揚げがお勧めです。どの料理もアルバニアのオリーブ、オリーブオイル、白チーズが付いてきます。強いお酒が好きな方には、ブドウからつくられたアルバニア独自の伝統的な「ラク」があります。 ジロカストラ アルバニアの観光ポリシーは、アルバニア流のおもてなしです。毎年5千人の日本人観光客が来ますが、アルバニアと日本の旅行会社との協力でこれからはもっと増えていくでしょう。日本人はビサなしで入国できます。バルカン半島観光のピーク時には「Balkan Schengen」が適用されます。この協定によって日本からだけでなく世界のどの国の観光客も国内を自由に移動できます。 アルバニアと日本の外交関係は第一次世界大戦前までさかのぼります。アルバニアがオスマン帝国から独立を宣言し、日本は1922年に独立を承認してくれました。不幸なことにその後は関係が進展しませんでした。1987年に外交が復活し、2005年11月のアルバニア大使館開設とともに関係は深まりました。現在アルバニアと日本は、JICA(国際協力機構)との技術協力や国際機関での相互協力を通じて緊密な相互関係を築いています。 アルバニアと日本には共通点がたくさんあります。たとえば、同じような地帯と気候ですので、私にとっては自分の国にいるようです。人々の性格ではアルバニア人には「besa」(約束を守る)、日本には「武士道」という精神的な柱があります。 もちろん違いはあります。日常生活で私たちは米ではなくパンを食べます。生の魚は日本のすしや刺身と異なり、レモン、塩、オリーブオイルをつけたカルパッチョスタイルで食べます。イエス、ノーのときのうなずき方が、日本とは全く反対なので、よく間違えます。 イオニア海 日本の日常生活の写真を撮るのが好きです。ですからいつもカメラを持ち歩き、毎日出会う興味深い一瞬を見逃さず撮ります。富士山を訪れ、さまざまな角度から写真を撮るのが何より好きです。また、自転車で東京を探索するのも好きです。 日本の最大の宝は、国民です。すなわち文化をつくり、それを継承してきた人達です。国に繁栄をもたらす国民をいたわることが大切です。これは日本人だけでなく、世界のどの国の人にもいえることです。 アルバニア共和国大使館 文:片野順子[:en][From July…

    Read More
  • 日本はインスピレーションが得られる国

    [:ja] [2015年7月号掲載記事] まんが家 オーサ・イェークストロムさん 「まんが家にとって日本はインスピレーションが得られる国です」とスウェーデン人のオーサ・イェークストロムさんは言います。オーサさんは日本での生活を4コマまんがに描いてブログで発信しました。ブログは人気が出て本になりました。続編の出版も決まっています。 オーサさんは13歳のときスウェーデンで日本のアニメ番組「美少女戦士セーラームーン」を見てファンになりました。「女性がヒロインで、かっこよく戦うところにひかれました。主人公が精神的に成長していく点も、深みがあっていいと思いました」と言います。日本のまんが「ベルサイユのばら」もフランス語版を入手して辞書を引きながら読みました。 オーサさんはまんが家を志して勉強を始め、2007年に来日して9ヵ月滞在しました。「日本語学校に通ったのですが、日本語を話せるようにはなりませんでした。完璧に話さなくてはいけないと思って黙りがちになってしまったのがよくなかったと思います」と苦笑します。 オーサさんはスウェーデンで「さよならセプテンバー」というストーリーまんがを描いてまんが家デビューしました。イケアの商品に使われる布のイラストを描くなど、イラストレーターとしても活動しました。しかしやはり日本に住みたいと思い、2011年3月10日に再び来日しました。 翌日、東日本大震災が起こりました。「原発事故のことをスウェーデンのメディアは、日本はもう終りだなどと報道していました。でも日本人の友達が訳してくれた日本の新聞では、それほど重大ではないと報じていました。どの情報が正しいのかわかりませんでした。とても不安で、一度帰国しました」。 オーサさんは10月にまた戻り、それからずっと日本で暮らしています。「日本にはできればずっと住みたいです。ビザさえ取れれば。でもビザのことは話したくないです。まんが家としてビザをとるのはとても大変ですから」と首をすくめます。二度目の滞在では、シェアハウスに住みながらグラフィックデザインの専門学校に通いました。リクルートスーツを着て、就職活動も経験しました。 今は日本語でコミュニケーションがとれます。「ブログでまんがを発表するようになってからは、読者が寄せてくれるコメントを読むことで単語を覚えました。フォーマルな場では、文末にとりあえず『です』をつけます」と笑います。 「今は自分の日常を4コマまんがに描くのが楽しいので、続けていきたいです。外国人の私だから描けるテーマでもありますし。またストーリーまんがも描きたいですね」とオーサさん。「サイン会で読者の皆さんに会えるのが楽しみです」とほほえみます。 オーサさんブログ 株式会社KADOKAWA 文:砂崎良 [:en][From July Issue 2015] Asa EKSTROM Manga Artist “Japan is…

    Read More
  • 母音で終わる日本語の歌は響きがきれい

    [From June Issue 2015] Nahid NIKZAD Singer, Presenter and Translator “An Islamic Revolution occurred in my native country in 1979. Although traditional songs kept being…

    Read More
  • 日本と競争できるホスピタリティー

    [:ja][2015年5月号掲載記事] ジョージア駐日ジョージア特命全権大使 レヴァン・ツィンツァゼさん 「大相撲で初めて関取(十両以上)に昇進したヨーロッパ人力士はジョージア出身ですよ。現在二人のジョージア人力士が活躍していますし、柔道でわが国はオリンピックで金メダルを取っています」とレヴァン・ツィンツァゼ駐日ジョージア特命全権大使。レスリングはジョージアの伝統スポーツです。ジョージア人は強いんですと笑いながら説明します。 大使は1994年に科学者として来日し、広島大学、大阪大学、京都大学、筑波大学、日本原子力研究所でプラズマ物理学の研究を行いました。国に戻ったあと、今度は大使に任命されて2013年12月に再来日しました。「長く暮らした日本のために何かできるのは私にとって喜びであり、名誉です。日本もジョージアも共に素晴らしい国なので、両国の関係を強化するために働けるのは嬉しいですね」。 日本に来たときの印象は、清潔でよく整った国でした。「日本人は義務と義理を大事にしますね。もちろんどの国にも自立している人はいますが、それらに価値を置く日本人はとても多いと思います。ジョージアにもそういう人が増えてほしいですね」と言います。 日本での生活にはすぐ慣れました。「もちろん、どんなヨーロッパ人も日本に初めて来たら、日本人が外国へ行ったときのように、多少の苦労はあるでしょう。でも対処できないほどの困難を感じたことはありません」と大使。「来日したばかりの頃はテレビ番組に驚きました。変わっていると思いました」。 「余暇は、できるだけ息子と共に過ごすようにしています。いっしょに散歩したり公園へ行ったり、自転車に乗ったりしています」と大使は言います。「それ以外には、読書が趣味ですね。いろいろな国の文学を、原語で読めれば原語で、そうでなければ翻訳で読みます。日本の文学も読みましたよ。文化や歴史が理解できて面白かったです」。 ジョージアは黒海の東岸にあり、面積は日本の5分の1ほどです。約180万年前の人類の骨や、8千年前のワインづくりの施設が発見されるなど、ヨーロッパ文明が開けた地と見られています。ジョージアはワインの発祥地でもあります。伝統的な製法で数千年続けてきましたが、今日でもほとんど変わりません。 「日本に来て甲州ワインを初めて口にしたとき、ジョージアのワインに似ていると思いました。山梨県に行って、その印象はいっそう強くなりました」と大使は言います。その後ある研究グループのDNA解析で、甲州のブドウのルーツがジョージアにあると判明しました。ジョージアは東西の文明の交差点です。甲州ブドウもシルクロードを通って日本へ伝わったのでしょう。 ワインの風味以外にも、日本とジョージアには共通点があります。「どちらも古代からある国で古い文化、独自の伝統を今日まで維持してきました」と大使は話します。日本人のホスピタリティーは有名ですが、ジョージアもこの点は日本と競争できます。ジョージアのホスピタリティーは伝統的で、お客は神からつかわされた存在と考えます。お客が来るのは、ホストがお客にふさわしい人だという意味なのです。 ジョージア人は日本を長い歴史のある偉大な国だと思っていると大使は言います。そして、すぐれた文学や映画を生み出しており、古い伝統を維持していながら同時に超近代国家だと言います。「残念ながら、全ての日本人がジョージアを知っている訳ではありません。日本からジョージアへ来る観光客も増えてはいますが、もっと2倍3倍にも増えてほしいですね。日本人は一度訪れたら、絶対ジョージアが好きになりますよ」。 ジョージアの魅力はバラエティーに富む自然だと大使は言います。ジョージアは車で7時間ほど走れば横断や縦断ができる広さですが、そのドライブの最中に周囲の気候がどんどん変わっていきます。国内に12もの気候区があるのです。「黒海沿岸で楽しんだ後、車を飛ばして海抜2千メートル級の山へ行けますよ。海水浴とスキーを一日で楽しめるなんて、他にこんな国がありますか」とほほえみます。 「ジョージアのミネラルウォーターもお勧めです。2,400もの湧き水があって、ヘルシーな水として人気です。また、ジョージアの土はとても肥沃なので、果物も野菜もみなとてもおいしいです。ハチャプリというチーズパンに似た食べ物は特にいいですよ。ジョージアの料理は東西のさまざまな文明の影響を長年にわたって受けて生まれたものです。多様な気候のせいもあって地方にはそれぞれの特色があります」。 「歴史的な建造物も見ごたえがあります」と大使。「この地では非常に古くから製鉄や農業が行われていました。ジョージア語は現存する言語の中で最も古い言語の一つで独自のアルファベットを持っています。ジョージアはキリスト教を国教として受け入れた最古の国の一つでもあり、周囲の大国から絶えず干渉されながらも独自の文化を守り抜いてきました」。 「観光にお勧めなのは、世界遺産にも登録されている5世紀の歴史文化記念碑ですね。12世紀の岩窟住居もいいですよ。リラックスしたい人は美しい景色を見てのんびりと、活動的な人は登山や狩りをして、歴史好きな人は遺跡へ、とさまざまに楽しめます」。 旧ソ連で活躍し、日本にも知られている人の中には、実はジョージア人が大勢いました。優れた科学者や芸術家、俳優、バレエダンサー、シンガーたちです。ジョージア人はとても才能がありポジティブなのです。 日本政府は「グルジア」の国名表記を2015年4月から「ジョージア」にしました。 ジョージア大使館 文:砂崎良[:en][From May Issue 2015] Ambassador Extraordinary…

    Read More
  • 香りに集中すると宇宙ととけ合える

    [From May Issue 2015]     Incense Specialist WATANABE Eriyo Kodo “the way of incense” is a traditional art in Japan. Rather than saying “smell”…

    Read More
  • 家で靴を脱ぐ習慣はオマーンにもある

    [From April Issue 2015] [2015年4月号掲載記事] Wife of the Ambassador of Oman Abeer A. AISHA After sustaining damage in the Great East Japan Earthquake and going…

    Read More
  • 人の本音を引き出すアートを

    [From April Issue 2015] CHO Hikaru / ZHAO Ye Artist “I think the phrase ‘it’s beautiful’ is a phrase people formulate in their minds when…

    Read More
  • 日本語力をいかしてやりたい仕事へ

    [From April Issue 2015] Nate SHURILLA “The other day when I went to a business networking event for various companies and made a presentation in…

    Read More