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  • クルーザーで探検する工場夜景見学ツアー

    [From March Issue 2010] Centered around both the ports of Tokyo and of Yokohama, the Keihin Industrial Zone has developed into Japan’s largest industrial area.…

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  • 銭湯を彩る背景画を描き続けて半世紀

    [From February Issue 2010] “Sentou” public bathhouses have a history of more than 400 years. These bathhouses had been used by most people until the…

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  • 廃校舎を再利用したクリエイターたちの学校

    [From February Issue 2010] Ikejiri Institute of Design (Setagaya School of MONOZUKURI) is located from just several kilometers west of Shibuya. The school was designed…

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  • 世界一の理容技術を次の世代に

    [:ja] 2008年3月のアメリカ・シカゴ。第32回世界理美容技術選手権大会に世界60ヵ国から理容師・美容師たちが集まりました。2年ごとに開かれる理美容界のオリンピックで、理容部門の日本代表チームがチャンピオンに輝きました。日本が団体で金メダルをとったのは16年ぶりのことです。 2009年1月、優勝した代表チーム3人のうち2人に東京都知事賞が贈られました。受賞者の一人が、佐藤秀樹さんです。東京都三鷹市とその周辺の市で5つの店を経営、現在、6店目のオープンも計画しています。 佐藤さんは理容室を経営する両親の長男として山形県に生まれました。「毎日お客さんが来て、両親が髪を切ります。帰る時には『ありがとう』と言われます。そんな両親を見て、いつかは自分も、と自然に思うようになりました」と佐藤さんは語ります。18歳で東京へ来て理容専門学校で基礎を学んだ後、憧れだった田中トシオさんのヘアーサロンに入社しました。 入社1年目で、かねてからの夢だったコンテストへ出ることができました。「父もかつてはコンテストに出ていましたし、いつかは自分も世界大会で優勝したいと思っていました」。すでに世界大会の優勝経験者だった田中トシオさんからは、「人の数倍、努力しなさい。競争相手を気にせず、自分らしい作品を目指しなさい」と指導されました。 開店前と閉店後にそれぞれ3時間、休日は10時間。佐藤さんはヘッドマネキンやモデルを相手にひたすら訓練を続けました。入社5年目には新宿店の店長を任され、翌年には当時史上最年少で全国理容競技大会で優勝。しかし、佐藤さんにとってそれは「あくまでも通過点」でした。「ようやく世界大会への出場権を得た」と、さらに気を引きしめました。 佐藤さんがもっとも得意とするのは「クラシカルカット」と呼ばれるヘアースタイルです。「50年以上も前に流行した髪形で、今はコンテスト種目として伝えられ、確かな技術がなければできないカットです。コンテストで入賞することは、お店に来てくれるお客さんに正確なカット技術を提供し、安心、信頼を与えるためです」と語ります。 2003年に独立。三鷹市に1号店を開きました。国内外での数々の受賞歴も評判になり、店の経営は順調です。努力によって身につけた技術を、佐藤さんは若いスタッフに教えます。年6回はコンテストへの出場を勧め、自ら指導にあたります。「閉店後や休日に指導しますが、教えるのは10あるうちの3くらい。基本だけ教えて、残りはそれぞれにまかせます。イメージを語るのではなく、具体的な技術をどんどん見せます」。 さらに、「後継者をたくさん育てるのが目標です。そして、日本の技術を世界にも伝えていきたいです」と続けます。そのため指導の場は自身の店だけにとどまりません。他店の若い理容師たちや理容学校の生徒たちを前に講演も行っています。2009年からは、師匠の田中トシオさんとともに外国の理容師に技術指導を行うためアジアの国々を訪れる活動を始めました。 忙しい佐藤さんですが、ときどき山形県の実家へ帰ります。「60歳を越えても現役の両親は今でも尊敬しています。ぼくが後を継がなかったことは、結果的に親孝行になったのかもしれませんね」と笑います。10月にはパリカップオープンで金メダルをとりました。現在は、2010年に同じ地で開かれる世界大会に向け、代表チームのトレーナーとして、また、2年連続優勝を目指す選手として、トレーニングを続けています。 HAIR RESORT CLIPS : http://www.hrclips.com/ [2010年1月号掲載記事] [:en] In March 2008, the 32nd OMC HairWorld Championships of…

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  • すべての人に開放する新宿二丁目のバー

    [:ja] 東京の新宿二丁目といえば、日本で最も有名なゲイエリアです。およそ300メートル四方に、同性愛者(ゲイ、レズビアン)向けのバーやクラブが300軒ほどありますが、必ずしもゲイだけが集まる場所とは限りません。「ArcH」では、ゲイやストレート(同性愛者ではない人)、男女にとらわれず人々をつなぐ架け橋になりたいという思いがある店です。 店内は150人ほどでいっぱいになりますが、人気のイベントのときは平日でも200人くらいの人がやってきます。お店の記念日には一日に1,000人近くもの人が訪れました。同性愛者は出会いを求めて来る人が多く、ストレートの人々は現実とは違う体験を求め、ショーを楽しみに来る人が多いといいます。 ArcHのイベントで特に人気が高いのが、およそ4ヵ月に一度行われる「アキバナイト」です。「アキバ」とは「サブカルチャーの聖地」として世界中に知られる電気街・秋葉原のことです。アキバナイトではアニメやテレビ、ゲームの主題歌がかかり、派手に女装をしたパフォーマーやダンサーによるコスプレコンテストが開催されます。アニメのコスプレをしている人もいます。 主催者のしま乳さんは、「アニメという共通項で結んで、みんなが一緒に楽しめる場を作りたかったのです」と話します。ArcHがめざす架け橋の役割を、このイベントではアニメが担っているのです。 アキバナイトのMC担当であるマーガレットさんも、毎回このイベントを楽しみにしている一人です。日本のドラッグ・クイーン(派手な女装をしたパフォーマーのこと)としては第一人者ですが、アキバナイトだけは自ら希望してMCになりました。 毎月第一日曜日に開催される「Living Together Lounge」では、「HIVを持っている人もそうじゃない人も、一緒に生きている」というメッセージを伝えるためのライブ演奏や朗読が行われています。 ArcH: http://www.clubarch.net/ 文:菅原瑞穂 [2010年1月号掲載記事]

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  • 「安い、早い」で人気の立ち飲み屋

    [:ja] 駅の構内やオフィス街の一角などでよく見かける立ち食いそば屋は、お客にも店にも便利だ。食事を手早く済ませることができ、また、お客の回転率が良いため効率よく収益を上げることができる。だがこのようなスタイルは最近ではそばだけではない。お客が立ったままで酒を飲んだりつまみを食べたりできる「立ち飲み」の店が増えてきている。 立ち飲みの習慣は江戸時代にはすでにあったといわれている。酒屋の店頭で酒を買い、その場で飲むのが一般的だったようだ。近代でもその習慣は残っていたが、高度成長期には見かけなくなった。だがここ数年、レトロ趣味の復活や、料金が通常の飲み屋と比べてずっと手頃だという理由から、立ち飲み屋は復活した。 立ち飲み屋の魅力は何といっても、料金が安いということだ。東京で最も値段の高い地域の銀座周辺にも、全品300円均一という安さを実現させた立ち飲み屋が登場したほどだ。毎日でも利用することができるので、仕事帰りにふらりと訪れて一杯飲んでいく常連が多い。 「早い」のも魅力だ。ほとんど待つことなく注文した酒とつまみが提供される。ファストフードの感覚といってよいだろう。つまみも一品あたりが少量なので、酒に合わせてあれこれ食べられるのも立ち飲み屋のいいところだ。 立ち飲み屋の中にはキャッシュ・オン・デリバリー制の店もある。店のテーブルにかごが置いてあり、その日の予算が1,000円なら千円札を一枚入れておくと、注文のたびに店員が精算し、お釣りをかごの中に入れてくれる。予算オーバーしないので安心して飲めるというわけだ。立って飲むため、たいていのお客は1~2時間ぐらいで引き上げる。 こういった立ち飲み屋は店の面積が狭いため、客席間に仕切りがないことが多い。テーブルとテーブルの距離がとても近く、カウンターにお客が並んで飲む形式のところがほとんどだ。酒が入ると自然と隣の知らないお客とも話が弾むことがある。それだけではない。ある立ち飲み屋の常連客、志村美桜さんは話す。「家の近くの立ち飲み屋を利用していると、近所の人といつのまにか顔見知りになり、近所づきあいが始まりました」。 文:土屋えみ [2010年1月号掲載記事]

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